【時事英語に学ぶ】(その22)インドのヒンズー的選挙運動

   こんにちは(こんばんわ)。アップアンドダウンです。美味しいお酒を呑み、良い映画を観て、素晴らしい本が読めれば幸せです。そして新聞からも学びます

 

Chasing votes on the Ganges/Modidisplay of largesse at a mass pilgrimage comes just in time for elections (NYT International Edition 20190214 P1 by Jeffrey Gentleman and Hari Kumar)

 

たまにはアメリカから離れてみます(トランプの「ト」の字も出ません。)。インドですしかも純粋にインド国内政治です。

 

インドについての極く大まかな理解と言うと、まずは、「世界最大の民主主義国」。そして、「『世俗国家』であるものの、ヒンズー教徒が多数派でカーストが実質的に温存されている国」。「『開かれたインド太平洋構想』などの我が国の外交戦略上重要な国」といったところでしょうか。そして、この第三点があるからこそ、我々としてインドへの理解を深める必要があると考えています。

 

  独立後のインド史についてはきちんと勉強せねばなりませんが、独立に最も力を有していたのがインド国民会議(コングレス)であったことは周知の通りです。コングレスはデリーからインド全国に対して睨みを利かせてきましたが、1990年代を境にして地方が力をつけたことによってその力が衰え、現在のナレンドラ・モディ首相のインド国民党BJP)などが力を付けてきました。

 

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(モディ首相)

 

今回の記事は、名目はともかく現実的には「政教不分離」であるインドでBJPが如何に宗教行事を政治に利用しているかを描写しものです。タイトル仮訳は、「ガンジス川で集票活動/大規模な巡礼におけるモディ首相の大盤振る舞いは、丁度選挙のタイミング」くらいでしょうか。

 

タイトル仮訳は、「ガンジス川で票を求める/巡礼者の大群へのモディ首相の大盤振る舞い、ちょうど選挙の時期に行われる」くらいでしょうか。

 

 

 【英訳について。largesseは13世紀以来の単語であり、「目下の者への施し」ほどの意味です。largeと近しい感じで、「気前の良い」を含意しているようですね。display of largesseは最初、「施しの見せつけ」と訳していたのですが、それには「大盤振る舞い」が適訳だろうと思いました。単に慈善的に施すのではなく、人に見えるように施すのが「大盤振る舞い」でしょうからね。)

 

★記事の全文貼り付けはいたしません。また、記事へのリンク張りもいたしません。ご興味のある方は、NYTサイトまでどうぞ。

 

    ヒンズー教には様々な神々がおり、また、様々な宗教行事があります。この記事で取り上げられているには、Kumbh Melaというもので、ヒンズー教の創生神話にある「乳海攪拌」に関連するものだそうです。「乳海攪拌」の末にできたアムリタという霊薬が落ちたとされるインド国内の4箇所において(持ち回りで)12年毎にインド中のヒンズー教徒が沐浴をするというのがこの行事です。

 

  本来、2019年は前回から6年なので、この行事の年ではないのです。しかし、数年前にヒンズー教指導者の判断があって、12年を待たずに教義上の対話を続けるべしということで6年に一回、簡略的な方法でこの行事が出来るようになったようです。ですから今年の行事は、half Kumbh Melaと言うべきものですが、州首席大臣の決定によって事実上、フルの祭典となったというのがこの記事の述べるところです。

 

 今回この行事が現在行われているウッタル・プラディーシュ州のプラヤグラジでは、モディ首相と同州首席大臣ヨギ・アディティヤナート氏(BJP)はこの機会を事実上の選挙運動として利用しているということです。伝説の川含む三つの川が合流するガンジス川の特定の地点で数百万の巡礼者沐浴するのには大変な苦労を伴いますから、巡礼者への便宜は高く評価されます。記事に添付された写真には、巡礼者の横に立てられたモディ首相の等身大  のダミー(cutout)が載っています。なお、次の総選挙は4月または5月が予定されています。

 

 

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(アディティヤナート首席大臣

 

It is nearly impossible to take 20 steps along the pilgrimage route without passing a huge sign featuring Mr. Modi's face or the grinning visage of his close ally, Yogi Adityanath, the monk turned chief minister of this state, Uttar Pradesh. They aren't technically campaign ads, but billboard after billboard trumpets their accomplishment in all areas of life.

Here's Mr. Modi on a super-bright vivid screen talking about his Clean India campaign, the bluish glow lightening up countless pilgrims sleeping on the ground.  There's Mr. Adityanath grinning from the side of a water truck, welcoming visitors --- an estimated 35 million of them on Monday alone.

 

(試訳1)モディ首相の顔や同首相の盟友で元宗教者の(ウッタル・プラディーシュ)州首席大臣のヨギ・アディティヤナート氏の微笑みを通り過ぎずに巡礼者通路の20段を歩くのは、殆ど不可能だ。厳密には選挙運動用の広告ではないものの、立て看板に次ぐ立て看板は生活の全ての側面における両名の業績を高らかに知らしめている

こちらには「クリーン・インディア」運動について極めて明度が高く真に迫ったモディ首相がいる。(このスクリーンからの)青色の光が地べた寝る数え切れない巡礼者を照らし出している。あちらには、水運搬トラックの側面で微笑するアディティヤナート首席大臣(の顔)があって、この月曜日だけでも3500万人と見込まれる来訪者を歓迎している。(試訳1終わり)

 

【英訳について。①visageというのは(私にとって)案外難物です。二つの意味があり、まずは人間または動物の「表情」という意味が14世紀頃に現れ、その後、モノにも適用される擬人化が起こったようです。モディ首相のfaceと並べて多様な表現をするという意図があったのかとは思いますが、より多様な意味があるcountenanceよりもvisageを選んだのは、(恐らく)立て看板に描いてあるアディティヤナート首席大臣の顔が人間でもあり記号のようでもあるので、この語が適当ではないかと思ったのかもしれませんね。②technicallyは「技術的には」と訳すとピッタリきません。敢えて、「厳密には」と訳してみました「技術的には」と訳すと余りに和英辞典的です。通訳でこう訳したら聴いている方は「?」でしょう。)。③trumpetsは「高らかに知らしめている」と訳してみました。実際に音が出ているか分かりませんが(出てないんでしょうが)記者は「大仰な宣伝」だと言いたい為にこの語を選んだと推測してこのような訳にしてみました。④water truckは、「水運搬トラック」ですかね。飲料水それ以外の用途の水か分かりませんが、上水道が完備されていない開発途上国では高級住宅地にすら水がトラックで運搬されることが普通です。数百万人が来訪する巡礼地(単なる河畔です。)にまともな上水道があるはずもないですから、首席大臣の顔付きトラックが何百台も動員されたのでしょう。】

 

この記事には水運搬トラックの数は書いてありませんが、総額6億米ドルを費やして高速道路を箇所高架化し、22件の浮き橋を架け、道路を150マイル(約241キロメートル。アメリカ人いい加減〔以下略〕を拡張し、ゴミ箱を万個設置し、LEDライトを4万個供給し、122、550個のトイレを置き、新たに空港ターミナルを一つ増設したということです。インド関連の幾つかの記事にはモディ首相の経済運営が期待外れであること、45年間で最悪の労働統計を隠蔽したという疑惑があって「トラブル」に陥っているというのがこの記事の述べるところです。しかし、巡礼に当たって様々な便宜を図ってもらっている敬虔なヒンズー教徒達は不満がある筈もありません。規律正しいアディティヤナート首席大臣が整備したことで、今回の祭典は今までで最高といのが専らの評判のようです。

 

But at the Kumbh, almost everybody is Hindu and most seem perfectly happy benefitting from the statesponsorship of the religion, even as othercommunities suffer out of sight. For example, months ago, to ensure the Ganges was as clean as possible for the busloads, trainloads and masses of Hindus coming for their immersion, Mr. Adityanathwent after the tanneries along the Ganges upstreamfrom Prayagraj. 

The tannery business is dominated by India's muslim minority and lower-caste Hindus who do not subscribe to the same strict rules about cows that some conservative Hindus follow. But conservative Hindus are the B.J.P.'s base, and Mr.  Adityanathordered the tanneries closed for three months, the longest closing anyone can remember. 

 

(試訳2)しかし、クンブ祭礼では殆ど全員がヒンズー教徒であり、自分達の宗教に対する国家からの便宜から利益を得ることに対して完全に満足しているように見受けられる。これは見えないところで、自分達以外が困っているにしてもである。例えば、数ヶ月前、バスや電車を満載にして沐浴のためにやって来るヒンズー教徒の群衆の為にガンジス川が可能な限り清浄となることを確保するため、アディティヤナート首席大臣はプラヤグラジより上流の革なめし業に対する取締りを実施した。

   革なめし業ではインドのイスラム教徒及び低カーストヒンズー教徒が圧倒的な存在である。彼らは、一部の保守的なヒンズー教徒が遵守する牛に関する厳格な規則には従わない。しかし、保守的なヒンズー教徒はBJPの支持基盤である。そのため、アディティヤナート首席大臣は、革なめし工場に三ヶ月の操業停止を命じた。これは記憶される限り最長の操業停止である。(試訳2終わり)

 

【英訳について。state sponsorshipは、二つの観点から迷わされます。最初のstateは国家か州か。そして、sponsorshipをどう考えるか。記事の中ではstateは「州」に当たるところにあります。しかし、全体の記事でヒンズー教徒にsponsorshipを与えているのはモディ首相も交えてということですから、「国家からの」としました。当たらずと言え遠からずでしょう。sponsorshipは保護とすると言い過ぎですし、カネなど提供しているわけではないと思われますので、より広めに「便宜」としてみました。②other communities というのもそれなりに難物です。communityというのは和英辞典的に「共同体」と訳すのは恐らくは失敗訳で、こういうのを繰り返すと全体として生硬な訳文になるでしょうこういう訳はしたくもないし、見たくもないです。)。この宗教行事に参加するのは余りにも多数のヒンズー教徒であって、それを一つの「共同体」と見て「他の共同体」云々と言うのはどうも違う気がします。よって、「自分達以外」と、communitiesを敢えて捨てて訳しました。③tanneryは、「革なめし」がピッタリで訳の問題はないのですが、昔の日本同様、皮革業に関係している職業の身分/カーストが低いところは面白いところです。④who do not subscribe to the same strict rules about cows that some conservative Hindus followは、イスラム教徒と低カーストヒンズー教徒のどちらに掛かるか分かりませんでしたので、逃げを打ちました。

 

記事の後半は、Kumbh Melaの歴史的背景や現場の状況を詳述しているだけなので省略します。最初に述べたように、インドは未だに「政教不分離」なのでインド国民会議派支配の政府でも機会さえあれば同様の便宜を図ると言います。それだけ見れば「五十歩百歩」とも言えそうですが、やはり規模が段違いに大きなことから相当な無駄が生じており、記者が取材したウッタル・プラディーシュ州関係者の中でも無駄さを内々指摘する者もいるようです。

 

記事が指摘する経済不振や失業率統計の「隠蔽」が本年4月または5月に実施される総選挙にどのように影響するかは分かりません。しかし、一般論として、どのような国においても「否定的なニュースの毒性は強く、また、その半減期は長いと考えるべきでしょう。係るニュースを打ち消すには「肯定的な情報を大量かつ持続的に流していくことが必要でしょう。民主主義において一般の有権者が抽象的な数字や言動ではなく具体的な便宜を重視することを考えると、今回の記事で取り上げられたようなモディ首相等の事実上の「選挙運動」にも一定の効果があるかもしれませんね

 

今後とも、インドはフォローします。お立ち寄り頂きありがとうございました