【たった一人のビブリオバトル】「ファクトフルネス」

 こんにちは(こんばんわ)。アップアンドダウンです。美味しいお酒を呑み、良い映画を観て、為になる記事と素晴らしい本が読めれば幸せです。  

 書評カテです。書評なら、アマゾンで本を買ってアマゾンでやれと言われかねないのですが、ここでやることに価値があると思っています。ただ、タイトルは変えた方がいいかなあ・・・

 ちなみに、前回はこういう記事でございました。 

upanddown.hatenablog.jp

 1.ハンス・ロスリング他「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」:背景等々

  今回は、この本でございます。アマゾン情報を貼り付けて、GAFAに貢献でございます。実にしっかりした良書だと思います。

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

  この本の著者は、ハンス・ロスリング氏。スウェーデンの医師(専門は公衆衛生のようですね。)であり、社会活動家です。ロスリング氏は、医師として母国内外で活動をするうちに、如何に我々が世界を見る目が歪んでいるかを知ることになったようです。そして、科学者らしく、その原因を追究してまとめたのがこの本です。ロスリング氏は、TEDでの講演もしていたということで、まあ、「世界の叡智」として認められているということですね。 

 しかし、この本の出版を待たずして死去しましたので、生前から協力をしてきたお嬢さん夫妻がまとめたものです。しかし、この本には、ロスリング氏本人の「肉声」がたっぷり入っています。データを通じて世界を見るわけですが、その理由は、この政界を何とか良くしたいという思いに基づくものであり、各章には生き生きとしたエピソードが満載です。

ja.wikipedia.org

 この本は相当素晴らしいですね。大きな知的キャパシティに満ちており、この本を出発点にして、色々な思索を深めることができるし、様々な施策の参考になると思います。1,800円(税抜き)は決して高くはないです。

 多様な本に行き当たるうちに私たちは、特定の分野においてこの本は避けられないという本に出合うことがあります。私にとっては、以下のような本がそれに当たります(これらの本はいつかこのカテで紹介したいと思います。)。 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

 
千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 
情報参謀 (講談社現代新書)

情報参謀 (講談社現代新書)

 
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
 

  この「ファクトフルネス」がそのような本の仲間入りをする可能性大だと思っています。

 

2.「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」:そのアウトライン1(世界の国の分類)

  この本には、世界の現状についての様々な図解があります。この図解の基となった資料はスウェーデンの民間機関が無償で提供しているものを使用しているほか、様々な公的な機関のものも多数使用しているようです。また、が世界20か国(日本も含まれます。)ほどの国民に世界の現状・今後について質問・アンケートを取ったデータも重要です。この二種類のデータを突合して、「現実の世界」と「十分な情報を得ている筈の各国の国民の思い込み」に如何に大きな乖離があるかを明確に表そうとしています。

  この「乖離」が何によって生ずるかを説明するための10個の「仮説」を提示して、一緒に考えようというのがこの本のテーマだと思います。

  この本の一番最初に、世界の国を縦軸に「健康(=平均寿命)」と横軸に「所得」(一人当たり所得かと思います。PPP補正がなされていたかは覚えていません。)を据えた座標が載っています。最初の最初の裏表紙ですね。これが実に良くできた表でして、この表の上には、地域で色分けされた世界の全ての国が色付けされ、人口規模で大小のある円形で示されています。この表は、左からレベル1、2、3、4と分けられており、基本的に右肩上がりのものになっています(=すなわち、健康度と所得は正の相関関係があります。)。

  この本の後ろの裏表紙には、この四つのレベルの国の国民がどのように生きるかを象徴的に示すカラー写真が付いています(これは、本分にもモノクロで載っています。)。すなわち、「水の獲得」、「移動手段」、「ベッド」、「食べ物」等です。このように、この本には、視覚的に情報を把握する仕組みが幾つもなされており、読者の理解を大変助けています。この「士業男子」さんの書かれていることに通じるものがありますね。
www.mayaaaaasama.com

  私も心掛けねばなりません。その発言には賛否両論ありますが、三橋貴明氏もデータを図表にするのに長けてますよね。見習いたいものです。

 

3.「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」:そのアウトライン2(思い込み)

 

 「10の思い込み」。多いですね。以下、羅列しますと、

 (1)分断本能/(2)ネガティブ本能/(3)直線本能/(4)恐怖本能/   (5)過大視本能/(6)パターン化本能/(7)宿命本能/(8)単純化本能/(9)犯人捜し本能/(10)焦り本能

  筆者に言わせると、これらは「最も知識量が多い」と考えられている人々も有する「ドラマチックな本能」によるものであり、人間の判断を誤らせる「本能」だということです。選択された十数か国での調査によれば、一貫して圧倒的な正答率を誇ったのは「地球温暖化」のみで、他の設問ではことごとく(三択に出鱈目に回答する=33%は正答する)「チンパンジーにも劣る」ということなのです。

  それぞれの「本能」基づく思い込みへのデータを用いた反論のあらましを述べますと、

 (1)分断本能←世界は「先進国」と「開発途上国」に大きく分断できるものではなく、様々な「進歩」によって、世界の大半の人々は「中間」に位置している。

 (2)ネガティブ本能←悲観的な情報・事件がニュースとなりやすいことを念頭に置きつつ、「悪い」ことと「良くなりつつある」ことが共存しうることを理解すべし。ここでの描写では、病院の保育器にいる未熟児の状態を世界の現状に例えていたのが分かり易いですね。

 (3)直線本能←社会現象は右肩上がりの直線だけではないことを理解すべし。人口についての「思い込み」(=ひたすらに地球の人口が右上がりになるのではないか・・・)の誤りについて論ずる部分が最も分かり易いです。「人類はついに自然と順応しつつ生きている」ことのす素晴らしさは、データ分析に自信がないと言えません。

  

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不可能な物を除外していって残った物がたとえどんなに信じられなくてもそれが真相なんだ。

 

 (4)恐怖本能←震災やテロなどが起こった時に恐怖の念に襲われるのは仕方がない。しかし、その瞬間が去ったら、その恐怖が事実に基づいたものか否かをきちんと考えなくてはならない。世界のジャーナリズムがニュースを作るための10のフィルターの一つとしての「恐怖本能」を直視すべし。日本人にとっては、東日本大震災での福島第一原子力発電所事故の被曝で死んだ人は一人もおらず、死んだ1000人は事故後の避難による疲労によるものという指摘は身近ではあります。

 (5)過大視本能←自分の経験や知識から、特定の数字や社会現象を過大に見て全体を把握できなくなってしまうベトナム戦争は、筆者個人の経験としては極めて大きなものであった。しかし、ベトナム人にとっては2000年に亘る対中国闘争、200年に亘る対仏闘争に比べれば、「たった」20年の対米闘争(ベトナム外ではベトナム戦争と呼ばれる)はベトナムの現地で見た記念碑の大小にきっちりと象徴されるように、小さなもの。「過大視本能」は「比較」によって克服できるということは、このエピソードや世界の子供の死亡数が着実に減少しつつあることが分かり易い実例です。後者は、「悪いこと」と「良くなりつつあること」が両立することの一例でもあります。

 (6)パターン化本能←自分の所属集団(国、社会、職能集団等)の常識や考え方を疑わず、不確かな知識のままで他者を判断したり、様々な行動に出ること。印象に残るのは、筆者がカロリンスカ大の公衆衛生専攻の医学生をインドに研修旅行に連れていった際の話。スウェーデンの大学生はセンサーの無いエレベーターに挟まれて大けがをしそうになったというエピソードは面白いですね。また、「レベル1」から「レベル4」が住むチュニジアについての描写も参考になります。チュニスにある建てかけの家を見て先進国では見られない「怠け者」と断ずることは簡単ですが、これはチュニジア人なりの智慧によるものということが語られています。銀行預金をせず、タンス預金も危険なチュニジア中産階級にとっては、余剰なカネを手にしたら価値が減じないレンガを買って、ゆっくりと家(=資産)を建てていくことが賢いやり方なのだそうです。「レベル4」の考え方(=WEIRD?WIRED?特有の考え方とも言えますね。)で世界を見るとどうしても歪んで見えてしまいます(逆もまた真なのでしょうが。)。 

cscd.osaka-u.ac.jp

 

 (7)宿命本能←人は変わらない、文化は変わらない、国は変わらないという宿命論を信じる傾向。冒頭では、投資会社から依頼されて英国の富裕層に対してアフリカの可能性について説明した後、聴衆の一人から「説明は分かったが、アフリカはダメ。軍の仕事でナイジェリアにいたから分かっている」と言われて脱力する筆者自身が描かれます。その上で、筆者の故国であるスウェーデンの文化の変化(亭主関白で頑固者のオヤジが普通な家庭からよりリベラルな家庭へ)を見ても、ゆっくりであっても文化は変わり得ることを述べます。他にも色々なエピソードはあるのですが、アフリカについて偏見なく議論をしてきた自分にも偏見や「上から目線」の態度があったことを発見するエピソードが印象的ですね。

 (8)単純化本能←「専門バカ」の話。また、筆者は、データは重視するがデータに縛られないようにしていると述べます。更に、「貧乏な国の中で最も健康」なキューバと「裕福な国で最も不健康」な米国を比べて、「国家統制」と「完全な自由経済」のどちらにも歪みがあると述べています。キューバの国家統制に歪みがあることは当然ですが、国全体として巨額の医療費を払っても所得に比して寿命が短い米国の自由さに歪みがあることも勿論です(そして、自由と規制の間のバランスを取ることは大変難しい。)。あと、これはメタ的な話ではありますが、筆者は、裕福さと健康度をグラフにした自分の指標についても絶対視していないようなところがあります。実のところ、韓国のように急速に発展した国の多くは統制社会でしたし、それは現在でもそうです(例:「明るい北朝鮮」とも言われるシンガポール等)。このグラフについても複雑な現実を見やすくする「単純化」の賜物ですからね。

 (9)犯人捜し本能←何らかの問題(例えば、操縦士の居眠りによる飛行機事故や粗末なゴムボートに乗った難民の溺死)が起こった時に、簡単に単一の原因を見つけて犠牲者を探すこと。それよりも、その問題が発生した真の原因を見つけようとすべきである。難民の溺死事件に関して言えば、EUの移民規制政策が真の原因であった等々。

 (10)焦り本能←困難な状況に直面して自分の心の中の「焦り」に突き動かされて、本質が見えなくなってしまう傾向。1980年代のモザンビークで原因不明の病気解明のため現地政府を支援していた筆者は、この病気が感染症かもしれないと考え、病気が発生した地域への道路の封鎖に賛成してしまいます。しかし、この道路封鎖のため、無理をしてぼろ船で都会に向かおうとした村人が船の転覆によって溺死してしまいます。筆者はこの事件を35年も気に病んできたとのことです。何故なら、この病気は感染症ではなかったからで、道路封鎖は全く必要がなかったのです。

 

4.所感/建設的批判?

  このような知的キャパシティの大きな著作は巨大なミラーボールのようなものです。ですから、全体を把握して感想を述べることは難しいです。ましてや、建設的批判をすることも難しい。

 

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  ただ、この本が大変な労作であることは間違いありません。残念ながら、「筆者」のハンス・ロスリング氏はこの本の出版を待たずして膵臓癌で死去したわけですが、この本はお嬢さん夫婦で書かれた巨大な墓碑銘であると言えます。そして、巨大な球体が様々なものと接することができるように、この本からは色々な発想や着想が生まれそうです。

 この本が終章で述べているように、この本を契機にして「レベル4」にいる我々がどのように発展してきたかを振り返ることは当然ながらできます。この本の訳者が述べているように、「本能」をどのように御するかについてのメモを懐に忍ばせて、自分が世界を見る目が歪んでいないか確かめ続けることも可能でしょう。

 この本を読んだ後で、ある友人と中南米について話をしました。以前から疑問に思っていたわけですが、中南米の国は、「11の国のアメリカ史」で描写されたアメリカの各ネーションのように異なっているのかと質問しました。

upanddown.hatenablog.jp

  友人:「中南米ではほぼ純粋に白人の国と言えるのは、アルゼンチン、ウルグアイ、チリしかない。」「中南米の国の違いは、スペインのどの地域に来たか、どの程度先住民と通行しているかなどの要因の違いである。」「米国への移住者のように、新天地を良い国にしようとして移民した(注:「美しい誤解」です・・・)のと違い、中南米に移住した欧州人は先住民を殺して搾取しようとしただけだ。そのDNAは現在でも残り、中南米の不安定さ・治安の悪さに繋がっている。」

 

 下線部分は、「宿命本能」がもたらすバイアスでしょうか?それとも正しいのでしょうか?以前であれば、耳を通り過ぎるだけのコメントにひっかかり、新たな疑問が生じます。このように、新たな疑問を惹起させてくれるのが良い本だということなのでしょう。「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」は、今後とも味読していきたいと思いますし、拙ブログの読者の皆様にも立ち読みなりともお勧めしたいと思います。

 

 長々となりましたが、お立ち寄り頂きありがとうございました